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新しい友達

巡礼中ちょっと故障してしまったG7ちゃんは、今休養中。
日本に帰国したら、一眼レフも欲しかったので
どうせ帰国後に買うなら今買っちゃえ!と、イタリアからネットで購入。
妹持ってきてもらった。(重かったのに、ありがとう!!)

同じCANONだし何とかなると思いきや、初日は悪戦苦闘。
絞り、シャッター速度、露出やらを、G7でやっていたようにいじってると
どうも思うように撮れず、もたもたしてると被写体がいなくなってる・・・、の繰り返し。

それでも、やっぱり。
あのシャッターを切るときの音。
パシャ。パシャ。パシャ。
たまりません。意味もなく、シャッターボタンを押したくなってしまう。

背景がボケすぎて何だか分からない写真や、うまくピントがあってない写真も
たくさんあるけど何枚か載せますね。
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by dolcissimokurobe | 2008-10-24 00:06 | Le cose belle

妹との旅行

昨日、妹は日本に向けて発ち、私は愛情の染み込んだペルージャに帰ってきた。
妹を案内するはずが、かなり自分も楽しんでしまったけど。
ローマ、ペルージャ、アッシジ、フィレンツェ、シエナ、ヴェネツィア。
何度も足を運んだ街ばかりだけど、
今回がイタリア初めてという妹がいるので、ゴールデンコースを辿り
気がつけば、初めてイタリアに来た大学4年生の卒業旅行を思い出していた。

23歳の時に、初めてイタリアに出会ってから8年間。
私の20代は、ずっとそばにイタリアがあったような気がする。
恋に落ちて、憧れて憧れて、少し近づいて、また恋に落ちて。
近づこうと努力した分、また違う魅力をイタリアはいつも見せてくれる。
きっと、これから何十年経っても、ずっと好きでいるんだろうな。
好きである時間が長くなればなるほど、イタリアに対する愛も大きく育って
自分が熟成した分、もっとイタリアを知ることができる。

これを恋と言わず何と言う?!


自称潔癖症、ちょっと時々神経質の妹は、
初め「日本なら・・・」「日本の味は・・」「日本のサービスは・・・」を連発していたので
ちょっとがっかり。
確かに、日本は何でも「世界最小、最軽量、最速」(ゆうこちゃん談)で、
お客様は神様で、さらに鉄道の遅延も許さない。
日本のモノサシを、そのままイタリアに持ってきたら、絶対楽しめるわけがない。
でも、イタリアには、日本にないモノサシが沢山ある。
家族でゆっくりお昼ごはんを楽しむ「豊かな美味しさのモノサシ」、
日曜日に広場でお喋りする「のんびり時間のモノサシ」、
鉄道が遅延しても、相席した人とお友達になっちゃう「友人の輪のモノサシ」などなど。

それぞれの国が、それぞれの個性が光るモノサシを持っている。
だから、旅行は楽しい。
世界遺産に登録されたから、有名な観光地だから、じゃなくて
自分の目で、自分だけの宝物を見つけようとしたら
きっともっと、その国を好きになるんじゃないかな。

妹に伝えたかったのは、そういうこと。
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by dolcissimokurobe | 2008-10-23 23:57 | Il viaggio

ポルトガル・ロカ岬(ユーラシア大陸最西端)

リスボンからバスで、チョチョイノチョイと来てしまったロカ岬。
一応記念で「最西端到達証明書」を発行してもらいましたが
やっぱり、サンティアゴの巡礼事務所で発行してもらった
巡礼証明書とは重みが違いますね。
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Aqui...onde a terra se acaba e o mar começa.
「ここに陸尽きて海始まる」いい言葉ですねー。
何事も終わりがあるから美しく、
ひとつの事が終わっても、また次の何かに続いてるわけです。
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by dolcissimokurobe | 2008-10-16 01:43 | Il viaggio

おいろけ

ファドを聴きにいったバーの片隅で。
赤い灯の下で出番を待つ女性の歌い手。おいろけムンムンです。
「女」をアピールするのは私の苦手分野。
私にはとうていマネなんて出来なそうだから、こうして写真に収めるだけでいいのです。

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by dolcissimokurobe | 2008-10-16 01:37 | Il viaggio

リスボン2

スペイン・サンティアゴから、バスでリスボンまでたどり着いたのはいいけど
宿が見つからない!!!
あやちゃんと二人で寝袋を抱えて、まるでピンポンダッシュのように、
リスボンの街のペンサオンを片っ端からあたっていった。
最終的にはやっとこさ宿が見つかって一安心。
街の外れだし、お湯も出ないようなところだったけど、これもいい思い出。
おかげで、イワシの塩焼きと海の幸スープがとっても美味しいレストランを
見つけられたから。
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by dolcissimokurobe | 2008-10-16 01:19 | Il viaggio

哀愁の街リスボン

ヨーロッパの街に漂う空気には香りがある。

ヨーロッパ10カ国旅をしたけど、それぞれの国にそれぞれの香りがある。
空気の色、香り、音。肌に触れる風、おでこにあたる陽の光。

根本的に影のない性格の私には
(真面目らしいけど、シリアスではないみたい。つまり単純ってこと!)
哀愁の香りがする空気には、その空気の中に溶け合うというよりは、
元気一杯イタリア産の太陽を受けた心が、哀愁に免疫がないせいか
化学反応を起こして、きゅ、きゅ、きゅーーーーんとなる。わかる?

リスボンの街を包む哀愁の香りは、どこか東欧思わせるもの悲しさがあるのに
それだけじゃない。
もっと広い世界の、大航海の、いや、そうじゃなくて、
アラビアとか、インドとか、日本とか、ヨーロッパと全く違う異国の空気が
エキゾチックに混じりあってる感じ。
そう、私の大好きな港町長崎に少し似ているような。
遠い遠い東の果ての日本の香りを、ここ西の果てのリスボンで感じるなんて
世界は、本当に近くなったものです。

発見のモニュメント
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ずっと乗りたかった路面電車。
リスボンに着いてから「乗りたい、乗りたい、乗りたい」を連発。
昔から路面電車&港町の組み合わせが大好きなんです。
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by dolcissimokurobe | 2008-10-16 01:09 | Il viaggio

ポルトガル 

巡礼を始める前に、あやちゃんとマドリードのBarで朝食を取りながら
「ねぇ、巡礼終わったらポルトガル行かない?」と突如ポルトガル旅行を決めた。

「巡礼後に、ファド(ポルトガル歌謡)聞いたら、染みちゃうんじゃない?」
「染みちゃおうよ♪染みちゃおうよ♪」

ファドも素敵だったけれど、私達にはロカ岬で二人の次なる夢を宣誓したことの方が
印象的だったかな。
岬は今まで沢山の場所で見てきたけれど、何だかここの岬は特別だ。
大航海時代、まだ見ぬ大海を前に新しい陸を求めて、
開拓者達が海原に漕ぎ出していったこのロカ岬に立つと
自分にも開拓者の魂がのり移ったように冒険心に胸が膨らむのを感じる。

「よーーーーし!!次の私達の目標は、インド巡礼だーーーー!!(ホント?)」
「その前に、まずは腹ごしらえっと。」
真っ青な空と海を前に、甘ーい甘ーいポルトガル菓子をほおばった。


リスボン・ジェロニモス修道院と発見のモニュメント前の舗床世界地図c0134035_21285987.jpg


























世界を知ることは楽しい。言葉の違う人と話すのが楽しい。
日本をもっと知って、それからまた世界に旅立ちたい。c0134035_21325682.jpg



















次はインドだー!
日本に帰国したら二人ヒンディー語のテキスト買いに行こうね♪
外国語を一つ学びはじめると、いきなり世界が広がるから面白いのよね。
その道のりは例え長くても、収穫するものが多いの何のって。c0134035_21481852.jpg
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by dolcissimokurobe | 2008-10-14 21:51 | Il viaggio

帰国の航空券取りました!

新学期も始まり、大学に復帰。
もう試験は受けないと決めてから授業が楽しい。単位はもう関係ないから
人生で一度も勉強したことのない分野、経済コースの授業にも顔を出したりしている。
中世美術の方が得意だったのだけど、より思想的で哲学的な現代美術の授業が面白い。
「もうちょっと会話が上手くなったらね」と先延ばしにして断っていた友人との約束も、
「そんなこと言ってたら、あっという間に帰国の日が来ちゃう」と思い直して、この頃は
お出かけの誘いを全部受けている。夜遅くまで騒いだり朝帰りしたら、大家さん家族に
迷惑を掛けると敬遠していたけれど、この頃は、友人達とのお喋り耐久レースに
果敢に参戦もしてる。美味しいものをつまみながら一人でブラブラ散歩するのも悪くない。
ペルージャの暖色の街並みも、噴水のある広場を包む陽だまりも、全てが愛しい。

ディプロマを取るためにイタリアに来た。デイプロマが取れなかったら、
父に合わせる顔がないから、よっぽど切腹でもしようかと(冗談だよ)
思っていたのが去年の秋。
「そんなに肩肘張ってたら疲れちゃうよ」と友人にも言われてたっけ。
数年前に流した涙から何とか立ち直ろうと強がってここまで歩いて来たら、
気がつけば何枚もの鎧を着けていた。そんな心の鎧も、どこに置き忘れてきたのか
今では、すっかり心が自由で軽い。
自分はこんなにも自由で幸せだったのかとイタリアが教えてくれた。
知らなかったことを知ることが楽しい。やったことのないことをやるのが楽しい。
確信と自信のない道でも、進んでみればいいじゃない。背伸びしなくたって、
強がらなくたって、自分が進むべき道だと思ったら、一歩踏み出してみればいいじゃない。
それで、道が止まったり、間違いに気づいたら、また戻って別の道を歩いたって
いいんだから。間違いのおかげで、次の道はもっとうまく歩けるから。
誰もが分かってるような、こんな簡単なことが、日本ではどうしても分からなかった。
今までずっと、確信のない道を進むことが怖かった。
何か不具合を起こして誰かに迷惑を掛かるかもしれないと思うと、足がすくんだ。
でも、確信と自信がないからと言って、大切なことから目を背けていたら
自分が一番求めるものには、永久に触れることが出来ないと、
イタリアで出会った人達が教えてくれた。
あんなに目指してたディプロマは取れなかったけれど、代わりに、イタリアが
前に進むためのモーターを私の背中に付けてくれたようだ。

帰国まで3ヶ月切って、イタリアでの留学生活の全てが終わりに向かっていると
思っていた。8年前に初めて出会ってから、いつも大切なことを教えてくれてた
大好きなイタリアから離れると思うと、もう今から寂しかった。
そんな時、何だか私の心がお見通しみたいに、先に帰国した友人からの一通のメールで
寂しかった気持ちは一気に払拭された。
「(私からのメールに)もう3ヶ月しかないと書いてあったけど、
3ヶ月は私にとっては始まりの月でした。わくわくで。」
そう、彼女は3ヶ月の滞在で大切なことを知って感じて帰国した。
そうだ。どうしてもう終わりだなんて思ったんだろう。
まだ何かが始まるかもしれないのに。
帰国の日まで、イタリアでまだまだ知ることだってあるのに。
感じることだってあるのに。終わるために、残りの日々があるのじゃなくて、
日本に帰国してからの未来の日々のために、残りの日々があるのだから。
イタリアにいると豊かな気持ちになってとても幸せだと思うけれど、
今私がやるべきことは、イタリアにはない。年始の帰国は、正しい時期だと思う。

私はまだ何にも頑張ってない。頑張れることは日本にある。
大切なことに気づくために、やらなきゃいけないことは日本にある。
日本での踏み出す道を、イタリアが教えてくれた。


それに。何より、くろべぇに会いたい。
どうやら彼は、今年のお盆に、
隠れて仏壇のおはぎを盗み食いしたらしい・・・。母談
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by dolcissimokurobe | 2008-10-14 21:15 | La vita in Italia

エリカとアンシン

ここイタリアに来てから、多分一番長く、多くの時間を一緒に過ごした友達が
ペルージャを発った。
台湾出身のエリカと中国出身のアンシン。
二人とも、去年の10月、大学に通い始めた時からのクラスメイト。
まだあの頃のレベルだと、大概クラスメイトも同じ言語で話せる者同士で固まることが
多くて、クラスに日本人がいなかったせいか、最初の数日間、
こんな私でも実はちょっと寂しいと感じることがあった。

「ドラえもんのしずかちゃん」と話しかけてきてくれたのが親日的な台湾の女の子達。
その中の一人がエリカで、自他共に認める単語マニアな彼女は、本当によく沢山の
単語を知っていた。私がここペルージャで一番単語の勉強になったのは彼女との会話だと
確信しているくらい。「静香の前でだったら話せるけど、イタリア人を前にすると
怖くて話せない」と恥ずかしがり屋な一面もあるかと思えば、私の危機に身体を張って
守ってくれたこともあった(笑)。私にとって、ここペルージャで一番話をした相手が
彼女だと思う。真面目な勉強や人生の話もほどほどに、恋の話も、お腹がよじれるほど
笑いが止まらない思い出話も、本当にいろんな話を彼女とした。
私のペルージャ留学生活のほとんどを彼女は知っている。
私とエリカがつるむと、「とてつもなく子供っぽくなる」とアンシンは苦笑いしていた
けれど、そんなエリカでも、時折、迷っている私にはっと気づかせるくらい大人な意見を
口にするときがあった。おかげで何度救われたことか。

そして、アンシンを知ったのも同じ頃だった。
スラリと背が高く、黒く艶やかな長い髪で、清清しい立ち居振る舞いのアンシンは
群れず、頼らず、そして媚びない、安っぽく愛想を振りまいたりもしない。
人から何かをしてもらうのは苦手だけれど、人のためになることは進んで行動して、
いつも相手のことを考えている、本当に心の優しい女の子。
クラスでも、たまに見かける図書館でも彼女はいつも冷静な表情で、
まだお互い話したこともなかった私の滞在許可証の申請を手伝ってくれたときも
「授業サボらせちゃってごめんね」という私に、「そんなこと気にしなくていいから」と
隣で静かに黙々と進めてくれたっけ。確か、ちょうどペルージャで開かれていた
『ユーロチョコレート』という大きなフェスタで、お礼にとチョコレートを買い、
次の日学校で渡したら、彼女が初めて私に笑顔を見せてくれた。
いつも冷静な表情の彼女の笑顔は、柔らかで彼女の性格のように清清しくて
すごく綺麗だと思った。そして翌日、今度は彼女が私にチョコレートをプレゼント
してくれて、それから私達は友達になった。

妹のようなエリカと、お姉さんのようなアンシン。
二人から、沢山の思い出をもらった。
この二人が発つときに、何か手を掛けたものを渡したくて、
迷わず自分の服に鋏を入れ、新しい真っ白なTシャツに手作りアップリケを縫い付けて、
3人でお揃いなるように、3組改造Tシャツを作った。
ペルージャでの思い出も、私達の思い出も、ずっとずっと残るように。

ペルージャの街がたな霞で包まれた朝、エリカを見送った。
その夜、ベッドに潜り込んで目を閉じたら、いろんな思い出が蘇ってきて、
そしたらまた、涙が出た。
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by dolcissimokurobe | 2008-10-14 21:05 | La gente

巡礼写真3 -フィニステレ岬-

サンティアゴ・デ・コンポステーラから、さらに西へ100km。
ユーラシア大陸第2の最西端、フィニステレ岬がある。
ここには「0kmホタテ」がいる。サンティアゴを越えて、ここまでやってきた巡礼者達は
巡礼中、身に付けていたものを火にくべる。日本のお焚き上げみたいなもの?!
前彼女の写真を燃やしていたドイツ人巡礼の若者もいましたけど。
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あやちゃんと私のトレッキングシューズ。お疲れ様!
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燃える、燃える、燃える・・・。
気持ちもこんな風に簡単にもやせたらいいのに。
そうもいかず苦しむからいいんですかねぇ。c0134035_20572264.jpg



























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by dolcissimokurobe | 2008-10-14 21:03