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気持ちがすこしラクになった、もう一つのワケ。          (ちょっと仕事モードな静香ちゃん)

一つは、以前日記にも書いたとおり、
後継者としてのセンスがない、努力できない怠け者と勝手に自信をなくしていた自分に
本当に足りないのは勉強と経験だと気付いたこと。

そのもう一つというのは、ゴールらしきものを、ずっと先の地平線に見据えていたようで
歩く前から、その距離の長さに躊躇っていたことに気付いたことだ。

ことの発端は、今年の2月。
帰宅してから、食後の団欒の時間に、気分よく独りで赤ワインを舐めていた。
そこで、パパさんから一言。
「今年の夏には、本社に戻って来い。製造部にいってみろ」

まさかの言葉で、絶句してしまった。

もちろん、私としても本社製造部には必ず行くつもだし、行きたいと思っている。
うちの会社の一番の魅力は、やっぱり価格競争に絶対に乗らない品質の高さだ。
どれだけ手間を惜しまず製造しているかを身をもって知れば、
直営店舗や通販での販促でも、うちの強みや魅力をより深くアピールできる。
それに、私の思い違いかもしれないが、
本社の外と内とでは何らかの温度差を感じることがある。
パパさんの想いが浸透している本社でなら、と思ってしまうことが実はある。

正直に言えば、今の現場では
言葉が通じない、想いが伝わらない、まとまってくれない、決めたことが続かない。
問題が次々に浮上しても、なかなか解決できない体質。
それは、自分の計画の甘さ、気持ちの弱さ、想いの薄さが原因なのも分かっている。
納得のいかないことなんてしょっちゅうで、ぶつかることだってある。

それでも、浅草店を、見通しのいい環境、
つまり問題も課題もスタッフみんなが自ら気付く仕組みと
自己啓発的な目標と改善のサイクルをまわせる店にしたい。
こんな中途半端な状態で離れることなんて出来ない。

「今、浅草店を離れるのは嫌」
気が付いたら、涙がこぼれて、止まらなくなった。
消化できない気持ちを、赤ワインと一緒に飲み込んだ。

この涙にはパパさんも驚いて、苦笑いしていた。
そして、私の今夏の本社行きの話はなくなった。

なんとなく、後味の悪さが残った。私は自分の気持ちを押し通してしまった?

そんなとき、大学時代の友人と浅草で飲んだ。
「染谷は、そのときのパパさんの苦笑いの意味を考えた?
パパさんが考えるスピードと、染谷の成長のスピードに違いがある?」
ずばり図星をさされて、考え込んでしまった。

それから、3ヶ月。
新年度の個人目標を掲げる際に、それがきっかけで考え方を少し変えてみた。
もし、直営店で働けるのは、今年度が最後の一年になるのであれば、
この一年で、私には何が出来る?どこまで出来る?
限りある一年という時間をどう使う?
そう思ったら、出てくる出てくる目標が。
遠いゴールを目を凝らして探すより、まずは1年後という中間ゴールを目指す。
1年後に自信と達成感を持っている自分でいたい。
巡礼と同じだ。毎日必死で到着する村があって、
そんな必死の(ときどきのんびり)毎日を繰り返して、
最後にサンティアゴの大聖堂が待っている。

やることが見えてくれば、あとは実行するのみ。
当然、思い通りにことが進むとは思えないけど、
それでも諦めずに、あの手この手と打ってみる。

今期の目標は、ざっくり言うと
売上高のみではなく売上構成の内容重視、感覚的ではない分析による利益を出す店、
5年後ターゲットとする顧客層拡大のための
売上・顧客データ管理の出来るPOSシステムの計画立案。

プライベート目標は、
せっせと足を運んでくれるうちの税理士さんが支えてくれる完全補助輪(今はね)
がなくとも、PL・BS・キャッシュフローによる決算書を
自分で目で追えるまで理解できるようになること。

モノが売れるという仕組みを、世界・国内経済、企業戦略、環境、流行の流れから
考えるクセをつけるということ。(しーちゃん的視点を忘れずに。)

それと、恋!
やっぱり恋を頑張るのは向いてない。行動するのは心臓に悪い体質。
頑張っていても頑張っていなくても、ありのままの自分で
スムーズに会話が出来て、私を好きになってくれる人が現れるまでのんびり型で。



目標をこうして無事たてることが出来て、気持ちもラクになったワケ。

『努力思考だけど、無理はしない。いつも自分の歩幅で。』




座右の銘は、『去年よりちょっと素敵な私』(笑)
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by dolcissimokurobe | 2010-06-28 10:51

春のおかげ?

きっと他の人にしたら、そんなに考えることではないのかもしれないけど
私には、すっごく勇気がいった。

10年前の私なら出せた勇気が、何故か今の私には出せないことがある。
勇気を出さなくても、ただ変わらない毎日を過ごせばいいだけ、
10年という時間で、諦めること、忘れることが、少し上手くなってしまったからかもしれない。

でも、いつの間にか小さな勇気すら出せなくなった自分に嫌気がさしていたんだ。


頑張って、一つ勇気を出したよ。


今年中に、あともう一つ勇気を出せますように。
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by dolcissimokurobe | 2010-04-12 23:33

優しさケーキ。

「勉強やだ」を連発しているうちに
とうとう試験前日。

休日完全返上通勤・通学の生活で
昼ご飯のときや、通勤ラッシュの電車の中で
わずかな時間を見つけての勉強だったから、明らかに勉強不足。
自分を情けないと思う気持ちと焦る心を抱えて、早3ヶ月。
過ぎてみればあっという間だった。

今回がダメだったとしても、それは自分の努力不足。
自分に足らないもの、出来ないことに気付いて、
コテコテと自分の穴を埋めて、補強する。
何かを築くのは、その土台作業が終わってから。

まぁ、結果はさておき。
「なんだ、仕事しながらだって時間見つけて勉強できるじゃん!」と
『仕事以外のわずかな時間に、自己研鑽のためのプラスアルファ時間を差しいれる』
のは可能であるということが分かっただけでもめっけもん。


さて。

今日、仕事から帰ってくると、
ある方から、メッセージが添えられた「試験頑張ってケーキ」が。

じーーーーーん。(涙)

本当に感激しました。
なんて温かくて細やかな心遣い。

こんな風に温かい気持ちをいつも受け取るばかりで
誰かの何の役にも立てない情けない私だけど
自分に出来ることが一つ一つ増えていって
いつか何かを築くことができたら、
それが、誰かの笑顔のもとになったら、
それはとても幸せだと思う。

まずは明日の試験頑張ります。

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by dolcissimokurobe | 2009-06-13 23:07

巡礼写真3 -フィニステレ岬-

サンティアゴ・デ・コンポステーラから、さらに西へ100km。
ユーラシア大陸第2の最西端、フィニステレ岬がある。
ここには「0kmホタテ」がいる。サンティアゴを越えて、ここまでやってきた巡礼者達は
巡礼中、身に付けていたものを火にくべる。日本のお焚き上げみたいなもの?!
前彼女の写真を燃やしていたドイツ人巡礼の若者もいましたけど。
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あやちゃんと私のトレッキングシューズ。お疲れ様!
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燃える、燃える、燃える・・・。
気持ちもこんな風に簡単にもやせたらいいのに。
そうもいかず苦しむからいいんですかねぇ。c0134035_20572264.jpg



























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by dolcissimokurobe | 2008-10-14 21:03

白黒写真館10

「只今、求愛中。」

白い孔雀なんて初めて見ました

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by dolcissimokurobe | 2008-06-25 19:24

白黒写真館

小さい頃、遊ぶときはいつもおねえちゃんと一緒だった。

先日、初めて?!おねえちゃんとメールを交わした。

お姉ちゃんからのエールは、
30歳で初めて触れた
ふわふわ優しいマシュマロみたいだった。

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by dolcissimokurobe | 2008-06-25 18:39

中部イタリア・ドライブ旅行

 ひょんないきさつから、17歳年上の女性と一緒に旅行することになった。

 今年の春まで同じ大学で学んでいた彼女。
彼女と同年代の、お母さんのように優しい私の友人が紹介してくれたのが始まり。
いつも自信とインテリジェンスを身に纏って、正直、私みたいな小娘なんて
相手にしてくれないような人だと思っていた。
意見を包み隠さず、きっぱりと言い切る彼女の言うことは正当で、
でも、自分でも本当は分かってはいるけれど、扉の向こうに隠して気づかないように
していたようなことも、彼女には見つかってしまう。
ずばりと言われた言葉が、胸に突き刺さって、涙になったこともある。
こう見えても割と頑固な私は、誰彼の言うことにすぐに頷くわけではなく
30歳なりの私の分別を持って、人からもらった言葉は、
正しい形で消化出来るように、必ず噛み砕くようにしている。
本来なら父が私に言うべき言葉を、これから私が向かうかもしれない道の経験者として、
彼女が代弁してくれていると思うようになった。

 彼女は、20代、30代、40代を、海も越えて、性別も超えて、世界に、男性に、
自分の可能性に、常に挑戦し続けながら戦ってきた人。
いつからか、父を見るような目で彼女を見ている自分がいた。
守るべきものをしっかりと守りながら、可能性や挑戦することに目を輝かせ、
アイデアのアンテナを張り巡らすことを楽しみ、
嵐が来ても、風雨に耐えて、いつだって顔を上げていようとする強さ。
そんな彼女が最も大切にしてきたものが、「人」だった。
フロンティアで戦い抜く中、善意で近づいてくる人ばかりじゃない。
宝石のような絆が切れ、またそこから別の絆の糸が伸びることだってあっただろう。
旅行最後の夜、二人でワイングラスを傾けながら、敬意に満ちた絆を大切に温めてきた
故人を偲んで流した彼女の涙を見て、そんなことを思った。
挑戦しなければ傷つかずにいられるし、涙を流さないで済む。
それでも、やっぱり彼女や父は、これからもずっと挑戦することは止めずに、
その道の上で、沢山の人に出会って、涙を流して、笑って、自分の足で歩を進めて
いくのだと思う。

 私たちがレンタルした車種は、小さな身体に機能を詰め込んだ小型のSMART。
とめどもなくお喋りを続ける私たち二人を乗せた玩具のミニカーのような
小さな車体が、トスカーナ州、マルケ州のどこまでも続く緑のパッチワークのような
草原の大海原の上を滑る。
 青の水彩絵の具を溶かした瑞々しい青空に、ゆったりとなだらかな曲線を描く
母の胸のような緑溢れる大地、花畑を飾る玩具の額縁のような糸杉並木。
イタリアの広くて温かい心に抱かれたようで、私は心から寛いで
もう一度イタリアに心底恋をした気持ちになった。
 
彼女にはイタリアが似合う。

 私の横でハンドルを握りながら、
「知らないことは、知ればいいだけのことだし、
やったことないことは、やってみればいいだけのことよ。」
と、あっけらかんに言う彼女の言葉は、私にとって大きなエールになった。
彼女といると、やってみようかという気持ちが湧いてくる。

一日目 ローマ→オルチャ渓谷        アグリトゥーリズモ泊
二日目 オルチャ渓谷→キャンティ地方    アグリトゥーリズモ泊
三日目 エミリア・ロマーニャ州フォルリにて 
    イタリアの製菓会社との商談(に同席させてもらいました)
    オペラ歌手のマエストラの家にごやっかいに 
    友人の農家の家でさくらんぼ摘み
四日目 →オジモ              アグリツゥーリズモ泊
    アメリカ人夫婦の35周年結婚記念日お祝い
    生まれて初めてホタルを見て、大感激!!
五日目 オジモ→ロレート→レカナーティ→マチェラータ
                      アグリトゥーリズモ泊
    最後の夜にふさわしく、美味しいお酒で完全に酔ってしまった。
     
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by dolcissimokurobe | 2008-06-25 18:00

Infiorate -Spello

子供達のデッサンもかわいい!

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by dolcissimokurobe | 2008-06-25 17:42

5月はウンブリア州のお祭りの季節

5月10日 アッシジ Calendimaggio
      街中の人が中世の衣装を見に纏って、音楽に乗せて行進
      現代における中世を再現したお祭りと言うよりは、、
むしろ私たちが中世の世界で、間違って未来的な服装をしてるような
気分にさせられるくらい本格的で臨場感に溢れる。

5月15日 グッビオ Il Corso dei Ceri
      こちらも街中の人がManifestazioneのための特別な服装に着替える。
      町は3つのグループに分けられ、それぞれが青・黄・黒のシャツに
      身を包み、白のパンツに赤いスカーフ、胸元には小さな花の飾りを。
      グッビオの丘の頂上のゴール目指して、イベントのシンボルである
Ceri(キャンドルの形だけれど実際は木製)の上に町の守護聖人像を
乗せて、町対抗で街中の道を走る。グッビオの人たちは、
このお祭りのために1週間は仕事をしないそう。

5月25日 スペッロ Le Infiorate
女性ならきっと誰もが好きになる可愛らしいお祭り。男性ももちろんね。
      小さいSpelloの街(城壁内の旧市街)の道と言う道の上に
      色とりどりの花弁で繊細で鮮やかな花の絨毯が敷かれる。
      街の人たちが、前日の夜から徹夜で道の上に巨大絵画を描き、
      完成した作品のコンペティションが行われる。
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by dolcissimokurobe | 2008-06-24 19:16

日本人だもの、何処にいても、どの国籍の人と接しても、
『礼』だけは、常に心がけたい。
特に西洋人の前で、「礼」をすると、目を見開かれることがある。
確かに、西洋の国では、「礼」は適切じゃないのかもしれない。
でも、自分の感謝の気持ちを表すには、やっぱり「礼」しかない。
こちらに来てから、幾度も感じたこと。
国が違っても、宗教が違っても、言葉が違っても、年齢が違っても、
同じ人間、心無いことをすれば相手に不快感を与えるし
心を込めれば、必ず笑顔が返ってくる。

お辞儀の姿勢は、美しい。

今ではすっかりお世話になっている大家さん家族。
何かしてもらった時には、いつもお辞儀と礼をしているのだけれど
昨日、Graziaさんも私にお辞儀をしてくれた。
とても嬉しかった。


「礼」という言葉、大学受験の浪人生のとき
中国史を勉強していた私に、孔子の「礼」の定義が心に響いたのを
今でもよく覚えています。
「礼」は、単に感謝の意、動作、礼儀の他に、様々な意味が含まれていることを
このとき知りました。



―「礼」という言葉は、今日では礼儀作法を指すことが一般的であるが、古代中国では極めて大きな意味内容を含んでいた。当然、礼儀作法といった枝葉末節のことも含まれるが、より広い意味を持つ。人間の社会的な行動が定着し型をつくって様式化し、それが「しきたり」「習俗」として守られるもの全般を指す。広く人の世の秩序を保たせるもの全てを礼と総称したのである。最も広い意味では、社会の伝承のすべて、文化全体を指すこともある 孔子は、儀礼を行うにあたって、形式や外見よりも心がこもっていることが大切だと考えていたことが論語からもうかがえる。礼が正しく行われるには、なによりもまず心中に愛情とか敬意とかがあって、それが形となって表現されるのだと考えていたようである。
 ただ、孔子は、けっして表現される形をおろそかにしてもよいと考えていたわけではない。礼は心の中の思いが適切に形となって表現されるものであり、心の伴わない外形だけの虚礼には意味がないといっているのである―抜粋
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by dolcissimokurobe | 2007-12-21 19:49