2009年 02月 20日 ( 1 )

言葉

「百聞は一見にしかず」

図像、形象、映像が伝える情報は、迅速でかつ正確だ。

ホームページや雑誌で、大きく貼りつけられたイメージは
それを見る人に絶大な訴求力を放つ。
写真によっては、音や香りまで表現しきる秀逸なものまである。

図像の表現力に依りすぎて、添えられた言葉、つまり活字に
目が向けられないことも多いように思う。
図像、形象はもちろん利用性大なのだけれど、
同時に見る人の想像力を制限するのも事実だ。

ところが、言葉は目に見えない。形がない。
目に見えないものだから、言葉が描かせる脳裏のイメージは無限なのだ。
決められた像、「これが正しい」という像は存在しないように、
言葉は、それを受けた人の想像力の幅が許す限り、イメージの世界を広げる。
だから、「映画より本の方が面白い」という言葉をよく耳にするのだろう。

本に限らず、ふと手に取った冊子の、あるいは誰かの日記の文章に
うなってしまうことがある。
そうした文章は、単に事実を羅列した記述ではなく、書き手の見たもの感じたものを、
読み手の瞳の中に熱を持って映し出し、さらに読み手の潜在部分に潜む因子も
融合させる力がある。
表現力だけではない、音としても美しい。
まるで音を紡ぐような言葉の旋律なのだ。
その言葉をまねて口に出すと、まるで音楽に酔いしれた気持ちになる。
こうなるともう、言葉は芸術だ。

「人が一生の儚さにきづくとき、自分はあと幾度この風景に出会えるのだろうか、
との思いが頭をよぎることがある。そうして風景とは、黙してついに語ることをせず、
見る者のその時々の心持ち次第で、いかようにでも語り口を替えるものだろう。
我々が仏像を礼拝するにおよんで、同じような感覚に捕らわれ、身じろぎもできない
ことがある。心象を映すという意味では、仏像も風景も変わるところがない。
ただ違うのは、仏像には、一切の安寧を希う人の切なる思いが
込められているということか。」
  
  永盛勝也 「なら平城 ~天平ノ未来都市~」より抜粋
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by dolcissimokurobe | 2009-02-20 22:24 | Vita