2008年 10月 14日 ( 7 )

ポルトガル 

巡礼を始める前に、あやちゃんとマドリードのBarで朝食を取りながら
「ねぇ、巡礼終わったらポルトガル行かない?」と突如ポルトガル旅行を決めた。

「巡礼後に、ファド(ポルトガル歌謡)聞いたら、染みちゃうんじゃない?」
「染みちゃおうよ♪染みちゃおうよ♪」

ファドも素敵だったけれど、私達にはロカ岬で二人の次なる夢を宣誓したことの方が
印象的だったかな。
岬は今まで沢山の場所で見てきたけれど、何だかここの岬は特別だ。
大航海時代、まだ見ぬ大海を前に新しい陸を求めて、
開拓者達が海原に漕ぎ出していったこのロカ岬に立つと
自分にも開拓者の魂がのり移ったように冒険心に胸が膨らむのを感じる。

「よーーーーし!!次の私達の目標は、インド巡礼だーーーー!!(ホント?)」
「その前に、まずは腹ごしらえっと。」
真っ青な空と海を前に、甘ーい甘ーいポルトガル菓子をほおばった。


リスボン・ジェロニモス修道院と発見のモニュメント前の舗床世界地図c0134035_21285987.jpg


























世界を知ることは楽しい。言葉の違う人と話すのが楽しい。
日本をもっと知って、それからまた世界に旅立ちたい。c0134035_21325682.jpg



















次はインドだー!
日本に帰国したら二人ヒンディー語のテキスト買いに行こうね♪
外国語を一つ学びはじめると、いきなり世界が広がるから面白いのよね。
その道のりは例え長くても、収穫するものが多いの何のって。c0134035_21481852.jpg
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by dolcissimokurobe | 2008-10-14 21:51 | Il viaggio

帰国の航空券取りました!

新学期も始まり、大学に復帰。
もう試験は受けないと決めてから授業が楽しい。単位はもう関係ないから
人生で一度も勉強したことのない分野、経済コースの授業にも顔を出したりしている。
中世美術の方が得意だったのだけど、より思想的で哲学的な現代美術の授業が面白い。
「もうちょっと会話が上手くなったらね」と先延ばしにして断っていた友人との約束も、
「そんなこと言ってたら、あっという間に帰国の日が来ちゃう」と思い直して、この頃は
お出かけの誘いを全部受けている。夜遅くまで騒いだり朝帰りしたら、大家さん家族に
迷惑を掛けると敬遠していたけれど、この頃は、友人達とのお喋り耐久レースに
果敢に参戦もしてる。美味しいものをつまみながら一人でブラブラ散歩するのも悪くない。
ペルージャの暖色の街並みも、噴水のある広場を包む陽だまりも、全てが愛しい。

ディプロマを取るためにイタリアに来た。デイプロマが取れなかったら、
父に合わせる顔がないから、よっぽど切腹でもしようかと(冗談だよ)
思っていたのが去年の秋。
「そんなに肩肘張ってたら疲れちゃうよ」と友人にも言われてたっけ。
数年前に流した涙から何とか立ち直ろうと強がってここまで歩いて来たら、
気がつけば何枚もの鎧を着けていた。そんな心の鎧も、どこに置き忘れてきたのか
今では、すっかり心が自由で軽い。
自分はこんなにも自由で幸せだったのかとイタリアが教えてくれた。
知らなかったことを知ることが楽しい。やったことのないことをやるのが楽しい。
確信と自信のない道でも、進んでみればいいじゃない。背伸びしなくたって、
強がらなくたって、自分が進むべき道だと思ったら、一歩踏み出してみればいいじゃない。
それで、道が止まったり、間違いに気づいたら、また戻って別の道を歩いたって
いいんだから。間違いのおかげで、次の道はもっとうまく歩けるから。
誰もが分かってるような、こんな簡単なことが、日本ではどうしても分からなかった。
今までずっと、確信のない道を進むことが怖かった。
何か不具合を起こして誰かに迷惑を掛かるかもしれないと思うと、足がすくんだ。
でも、確信と自信がないからと言って、大切なことから目を背けていたら
自分が一番求めるものには、永久に触れることが出来ないと、
イタリアで出会った人達が教えてくれた。
あんなに目指してたディプロマは取れなかったけれど、代わりに、イタリアが
前に進むためのモーターを私の背中に付けてくれたようだ。

帰国まで3ヶ月切って、イタリアでの留学生活の全てが終わりに向かっていると
思っていた。8年前に初めて出会ってから、いつも大切なことを教えてくれてた
大好きなイタリアから離れると思うと、もう今から寂しかった。
そんな時、何だか私の心がお見通しみたいに、先に帰国した友人からの一通のメールで
寂しかった気持ちは一気に払拭された。
「(私からのメールに)もう3ヶ月しかないと書いてあったけど、
3ヶ月は私にとっては始まりの月でした。わくわくで。」
そう、彼女は3ヶ月の滞在で大切なことを知って感じて帰国した。
そうだ。どうしてもう終わりだなんて思ったんだろう。
まだ何かが始まるかもしれないのに。
帰国の日まで、イタリアでまだまだ知ることだってあるのに。
感じることだってあるのに。終わるために、残りの日々があるのじゃなくて、
日本に帰国してからの未来の日々のために、残りの日々があるのだから。
イタリアにいると豊かな気持ちになってとても幸せだと思うけれど、
今私がやるべきことは、イタリアにはない。年始の帰国は、正しい時期だと思う。

私はまだ何にも頑張ってない。頑張れることは日本にある。
大切なことに気づくために、やらなきゃいけないことは日本にある。
日本での踏み出す道を、イタリアが教えてくれた。


それに。何より、くろべぇに会いたい。
どうやら彼は、今年のお盆に、
隠れて仏壇のおはぎを盗み食いしたらしい・・・。母談
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by dolcissimokurobe | 2008-10-14 21:15 | La vita in Italia

エリカとアンシン

ここイタリアに来てから、多分一番長く、多くの時間を一緒に過ごした友達が
ペルージャを発った。
台湾出身のエリカと中国出身のアンシン。
二人とも、去年の10月、大学に通い始めた時からのクラスメイト。
まだあの頃のレベルだと、大概クラスメイトも同じ言語で話せる者同士で固まることが
多くて、クラスに日本人がいなかったせいか、最初の数日間、
こんな私でも実はちょっと寂しいと感じることがあった。

「ドラえもんのしずかちゃん」と話しかけてきてくれたのが親日的な台湾の女の子達。
その中の一人がエリカで、自他共に認める単語マニアな彼女は、本当によく沢山の
単語を知っていた。私がここペルージャで一番単語の勉強になったのは彼女との会話だと
確信しているくらい。「静香の前でだったら話せるけど、イタリア人を前にすると
怖くて話せない」と恥ずかしがり屋な一面もあるかと思えば、私の危機に身体を張って
守ってくれたこともあった(笑)。私にとって、ここペルージャで一番話をした相手が
彼女だと思う。真面目な勉強や人生の話もほどほどに、恋の話も、お腹がよじれるほど
笑いが止まらない思い出話も、本当にいろんな話を彼女とした。
私のペルージャ留学生活のほとんどを彼女は知っている。
私とエリカがつるむと、「とてつもなく子供っぽくなる」とアンシンは苦笑いしていた
けれど、そんなエリカでも、時折、迷っている私にはっと気づかせるくらい大人な意見を
口にするときがあった。おかげで何度救われたことか。

そして、アンシンを知ったのも同じ頃だった。
スラリと背が高く、黒く艶やかな長い髪で、清清しい立ち居振る舞いのアンシンは
群れず、頼らず、そして媚びない、安っぽく愛想を振りまいたりもしない。
人から何かをしてもらうのは苦手だけれど、人のためになることは進んで行動して、
いつも相手のことを考えている、本当に心の優しい女の子。
クラスでも、たまに見かける図書館でも彼女はいつも冷静な表情で、
まだお互い話したこともなかった私の滞在許可証の申請を手伝ってくれたときも
「授業サボらせちゃってごめんね」という私に、「そんなこと気にしなくていいから」と
隣で静かに黙々と進めてくれたっけ。確か、ちょうどペルージャで開かれていた
『ユーロチョコレート』という大きなフェスタで、お礼にとチョコレートを買い、
次の日学校で渡したら、彼女が初めて私に笑顔を見せてくれた。
いつも冷静な表情の彼女の笑顔は、柔らかで彼女の性格のように清清しくて
すごく綺麗だと思った。そして翌日、今度は彼女が私にチョコレートをプレゼント
してくれて、それから私達は友達になった。

妹のようなエリカと、お姉さんのようなアンシン。
二人から、沢山の思い出をもらった。
この二人が発つときに、何か手を掛けたものを渡したくて、
迷わず自分の服に鋏を入れ、新しい真っ白なTシャツに手作りアップリケを縫い付けて、
3人でお揃いなるように、3組改造Tシャツを作った。
ペルージャでの思い出も、私達の思い出も、ずっとずっと残るように。

ペルージャの街がたな霞で包まれた朝、エリカを見送った。
その夜、ベッドに潜り込んで目を閉じたら、いろんな思い出が蘇ってきて、
そしたらまた、涙が出た。
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by dolcissimokurobe | 2008-10-14 21:05 | La gente

巡礼写真3 -フィニステレ岬-

サンティアゴ・デ・コンポステーラから、さらに西へ100km。
ユーラシア大陸第2の最西端、フィニステレ岬がある。
ここには「0kmホタテ」がいる。サンティアゴを越えて、ここまでやってきた巡礼者達は
巡礼中、身に付けていたものを火にくべる。日本のお焚き上げみたいなもの?!
前彼女の写真を燃やしていたドイツ人巡礼の若者もいましたけど。
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あやちゃんと私のトレッキングシューズ。お疲れ様!
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燃える、燃える、燃える・・・。
気持ちもこんな風に簡単にもやせたらいいのに。
そうもいかず苦しむからいいんですかねぇ。c0134035_20572264.jpg



























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by dolcissimokurobe | 2008-10-14 21:03

巡礼写真2 -サンティアゴの夜-

待ち望んだ対面。サンティアゴ・デ・コンポステーラ・カテドラル
崇高で圧倒的な存在に足がすくんだけど、
何百年もの間、静かに大きく開いたその胸の中に多くの巡礼者を包んできたと思うと
涙が出た。
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仲良くなった巡礼仲間で打ち上げする前に、みんなで立ち寄った大道芸。
時として、ラテンの笑いが理解できないことも。
スペイン人の友達だけ笑ってて、
ドイツ人、オーストリア人、日本人はみんな真顔だったね。
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打ち上げで散々笑って、広場で大騒ぎした帰り道。
一人また一人と、抱き合ってお別れをした。
いつのまにか、あやちゃんと二人、広場でうつむいてた。素敵な旅だった。
こんな気持ちのときに、広場の片隅に響く音楽は心の中まで染みて・・・。c0134035_20241338.jpg
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by dolcissimokurobe | 2008-10-14 20:28 | La fotografia

巡礼写真

イラゴ峠の朝。
このあと、決死の崖下りが待ってるとは知りませんでした・・・。
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セブレイロ峠の教会で。心の炎がゆらゆらゆら。
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君達が向かうのは、ゴルゴダの丘じゃなくて、ゴソの丘(歓喜の丘)だよ!
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by dolcissimokurobe | 2008-10-14 20:02 | La fotografia

追加

巡礼中、カメラが壊れてしまったので、後半あやちゃんのカメラを
使わせてもらってました。
あやちゃん、論文奮闘中忙しいのにCDに焼いてくれてありがとう~~~。

明後日、妹が、私の新カメラちゃんを持ってイタリアに遊びにきます♪
カメラが、モトイ、かわいい妹が来るのが楽しみなのです。
未来の留学のためのプロローグらしいのですが、
姉として、自分で旅を組み立てる楽しさを伝えられたらいいなと。

誰だってやったことないことは、全てが手探りで怖いもの。
でも、一回やってるみると、「な~んだ、こんなもんか」って。
何が起こるかわからないから楽しいんだし
予想していなかった出来事に、人に、出会えるから
自由旅行は、いや、何事も楽しいのです。
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by dolcissimokurobe | 2008-10-14 19:48 | La vita in Italia