あやちゃんへ (巡礼日記)

スペイン巡礼、お疲れ様でした。
巡礼中、友人達に葉書を書く時間も見つけられず、第一肝心の郵便局が一日のうち
1時間しか営業していなかった巡礼路上の小さな村からはとても葉書など出せず
こうして旅の最終日に、バルセロナの一角にあるBarで、せっせと葉書を
書いているところです。
今頃、あやちゃんは、ウィーンの図書館で必死に論文を仕上げてる最中でしょうか。

お互い長年の念願だった巡礼を目標通り500km歩き切り、ユーラシア大陸の最西端
ポルトガルのロカ岬で大西洋に向かって、次なる目標を一緒に宣誓して
私たちの心は、大きな達成感と、二人で夢を叶えた満足感、そして、その先に繋がる
次の夢への向かう高揚感でふるえましたね。
だから、マドリードの宿で寝ぼけ眼のままお別れしてから数日間、一人でスペインの旅を
続けていましたが、サラゴサの壮大なピラール聖母教会も、バルセロナを彩る、
この世の美を賛美するあらゆる線と形、全ての有機的造形美の粋を集約したガウディの
サグラダファミリアを仰ぎ見ても、二人で到達したサンティアゴ・デ・コンポステーラの
カテドラルを一緒に見上げたときほどの感動はありませんでした。

あやちゃんと、互いの留学とスペイン巡礼の夢を実現させたこと。
どちらの夢も特別大きいものではないのかもしれません。二人が偶然出会った
4年前のクリスマス、ウィーンのCaféで互いに打ち明けたその夢は、
その時はまだ現実味がありませんでした。それでもその後、実現のため払った犠牲も
困難も互いに理解しながら、どちらも諦めることなく、一歩ずつ一歩ずつ近づいていった、
二人にとっては大切な大切な目標でした。

大航海時代、数々の冒険者が旅立っていったロカ岬の石碑にこう書かれていましたね。
「Aqui…onde a terra se acaba e o mar comeca」
ここに、陸尽きて、海はじまる

4年前の一人旅が、今回の留学とスペイン巡礼に繋がり、またこの二つが次の夢に
繋がる、自分の中で大切に温めていた夢が実現しても終わりははく、また次の夢の
実現の喜びへと繋がっていく。目標や夢を持って努力を続けることは、
歳月を重ねる度に、幸せがさらに積み重なっていくことだと思いました。

そして、今回の夢の実現には、あやちゃんの存在は、不可欠なものでした。
二人が出会ったことから夢が始まって、ともに努力する存在がいてくれたから
私もその夢への道を歩き続けることが出来たんです。
このスペイン巡礼も、あやちゃんがいたから、夢見て、そして歩くことが出来ました。

多くの巡礼者が、サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路を「人生の道」に
例えています。何処までも何処までも西に向かってまっすぐ続く巡礼路。
巡礼を実際に始める前は「ただ荷物をしょって歩くだけ」と高をくくっていましたが、
10kg近いリュックを背負って、足の痛みに耐えながら歩く、
その道のりは想像以上に過酷なものでした。
巡礼者をサンティアゴに導くホタテ貝の道標に従って、大地を照りつける太陽を背中に
受け、休む木陰もない灼熱の道を進み、星空を見上げて歩いていたら突然バケツを
ひっくり返したような暴風雨に見舞われて、朝食を求めてまだ夜が明けきらない村を
彷徨って踵に牛の返り糞をもらい、寒さで頭から寝袋を巻きつけて懐中電灯で進んだ
山道、足の痛みの峠と同時に迎えた巡礼の難所と言われる2つの峠越え、
疲労と痛みで倒れ込んだ巡礼宿。
小さな間違いが大きな問題(痛み)となり、「心を無にして自分探し」なんて余裕は
つめの先ほどもなく、ただ痛みで頭の中が真っ白になる、痛みを癒す間もなく、
足をひきずってでも、とにかく一歩踏み出して前に進まなければならない巡礼路。
その日その日を歩ききることが、その日その日を生きることのようでした。

「不便」はすぐに「便利」に塗り替えられ、望むものはすぐに手に入り、望むところには
容易に到達できる現代の生活に慣れきっていた私は、「備えあれば憂いなし」と必要
以上のものを背負い込んだ結果、自分の足を痛め、巡礼をより辛いものにしました。
巡礼の日々の中で、一体幾つのものを置き忘れ、捨てたことでしょうか。
初めて経験する、身体も心もシンプルにならざるを得ない生活。
サンティアゴという目標一点だけを見つめて、とにかく毎日少しずつ進むだけ。

その道の上で、巡礼仲間に出会って、互いに声を掛け合い、お喋りに花が咲いて
しばし痛みを忘れたり、羊飼いとすれ違い、朝からお酒を飲んでいるおじさん達や
軒下でお喋りしているおばさん達、巡礼者のまねをして杖をついて歩く子供達に
「巡礼頑張って」と笑顔をもらう。巡礼者同士、足の治療方法を教え合い、
私より年配の人が痛む足をマッサージしてくれることもありました。
無限に続くかのようだった巡礼路の先に、村が見えた時は互いに抱き合って喜び、
やっとの思いでたどり着いた巡礼宿では宿主が冷たい水を用意してくれ、
シスター達が「よく歩いたね」と私の頬を撫でてくれる。
人の優しさも、食事も、水も、巡礼宿の残っていたベッドも、全てが本当に有難く、
今までの生活では、当たり前と思っていたことが、巡礼路の上では、痛みも疲れも
何処かへ行ってしまうほどの大きな喜びとなりました。
不便で、痛みに耐える、シンプルな生活の中での、感謝の心と豊かな喜び。

だから、私だけでなく、あやちゃんからも、他の巡礼者からも
「ずっと待ち望んだサンティアゴ・デ・コンポステーラに到着した時は、
本当に嬉しかったけれど、ゴールした時に、一番に心に浮かんだのは、
ここまで辿り着くために歩き続けた巡礼路の日々。毎日、いろんな人に出会って、
痛みと疲れで泣くこともあった、あの日々の方がずっとずっと大切。」と同じ言葉が
出てくるのだと思います。
目標が在るから、辛くても前に進むことが出来て、必要なだけの運命
(果たすべきこと、または大切にすべきもの)を背負って、目標に到達した瞬間、
今まで歩いてきた道こそが、自分が探し続けた幸福だったと知る、
他の人が例えるように、巡礼路は人生の縮図、のような気がします。

この人生の縮図のような巡礼の旅を、運命のように出会った、夢実現の同士である、
あやちゃんと歩けて本当に幸せでした。
足が痛くても、口に出さず、じっと耐えて、綺麗な姿勢で前を歩いていたあやちゃん。
目標に向かうその目は真直ぐで、毎夜、あやちゃんが本を片手に翌日の行程を
計画して、翌朝、私はそれを死刑宣告のように聞いてましたね。
ハイカットのトレッキングシューズで足首を痛めたあなたをメセタの灼熱の大地で
待っていて、ビーチサンダルに靴下姿で、決意ある眼差しとともにサムライのごとく
地平線の先に現れた時のこと、ハイカット部分を迷いなく鋏で切り落とした時のこと、
泣き言を言わないあなたのその精神力の強さと潔さに、
憧れのような感情すら抱きました。

平坦な道ですら痛みで足が上がらなかった日、イラゴ峠の7kmに及ぶ崖のような
急な下り道を決死の覚悟で下った後、あやちゃんが「よくやった、よくやった」と
頭を撫でてくれたとき、私は涙が止まりませんでした。
あやちゃんが私の調子を気遣って「明日は23㎞で」と言ってくれたけれど、
本当はもっと多くの距離を早く歩けるあなたを足止めしてるのが分かって、
「いや、30km行こう」と言ってしまった私は、翌日やっぱり痛くて痛くて歩けなくて、
結局もう一度、あなたに「23㎞で、今日は十分だよ」と言わせてしまった自分が
本当に情けなくて、情けなくて、あの時も泣きました。
自分らしい写真を撮る楽しさを教えてくれた友達のようなカメラが壊れてしまった時
も泣いて、「足が痛い」、「おなかがすいた」、「ファンタが飲みたい」と子供のような
私に、本当によく付き合ってくれましたね。

ゴールを翌日に控え、急遽予定変更して行程距離を大幅に伸ばしたため、
痛めていた部分がさらに痛み、足が一歩も前に進まなくてしゃがみこんでしまった私達。
「もう少しだから頑張ろう」と、また腰を上げて歩き始めて、日も落ちかけた時、
互いにいろんな思いと痛みを抱えて約500km歩いた先に見えた、Monte do Gozo
(「歓喜の丘」ここで初めてカテドラルが見えます)へ続く坂道。
一歩上るごとに二人の胸の中で喜びが膨んでいくのを感じました。

翌朝、夜が明ける前に宿を出発して、意気揚々と歩いた最後の5km。
サンティアゴ・デ・コンポステーラの街に入り、カテドラルがある旧市街の中心に
近づいていくにつれ、まるで映画のように、さっきまで雨を降らせていた雨雲が切れて、
雲の切れ間からサンティアゴの街に光が差し込む。
街の人にカテドラルの場所を聞いて、路地を曲がると建物の上に頭を出している
カテドラルの双塔。もう足の痛みなんて完全に忘れて、広場に向かって足が
勝手に走り出してしまう。カテドラルの真正面まで、二人で走り、
大声で万歳三唱しました。私達の声が広場中に響いて、向こうから
両手を振っているのは、一緒に歩いていた巡礼仲間。
私達は抱き合って、互いのゴールを喜び合いました。巡礼事務所で証明書を発行して
もらい、広場周辺を闊歩してると、次々に巡礼仲間が到着してきて、その度に
みんなで喜びの抱擁。あの時の気持ちは、きっと二人とも忘れないでしょうね。
まるで卒業式のような巡礼者のためのミサに出席した後の、巡礼仲間と打ち上げの
食事会では、念願のゴール達成の喜びも手伝って、楽しくて愉快でみんな本当に
おなかを抱えて、たくさんたくさん笑いましたね。

一生の宝物になる最高の思い出が詰まった3週間。
歩いてる時は、「もう2度と歩きたくない」と思っていたけれど、ゴールした途端、
二人の口から出てくるのは、「また歩きたい!!」という信じられない言葉。
歩いた人にしか分からない、あの痛み、あの喜び。
こんな最高の思い出を、一人ではなく、大好きな友人と分かち合える幸福。

あやちゃん、あなたと知り合えたから知ることが出来た、
スペイン巡礼の道、留学の夢、一緒に思いついて、一緒に叶えた夢。
夢をともに語れるあなたのような友人がいて、私は本当に幸せです。
これからも、お互い夢実現の同士として、ずっとずっと歩いていこうね。

本当にありがとう。そして、お疲れ様。

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仲良しの巡礼仲間
(同じ日にゴール出来なかった巡礼仲間や途中で帰国した仲間が写ってないのが残念!)

ミジョン(韓国)、イスマエル(スペイン)、イスマエルの友達3人(スペイン)
あやちゃん、ミヒャエラ(オーストリア)、ローサ(スペイン)、
けいこさん(日本)、クリスティーネ(オーストリア)、
私と肌身離さず一緒にいた寝袋ちゃん

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私達のアイドル・イスマエルと、巡礼達成の証明書コンポステラーノを持って。
イスマエルのユーモアは、最高でした!!
巡礼中、私達にたくさんの笑顔をくれました。
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by dolcissimokurobe | 2008-09-10 21:54 | Il viaggio
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