残念。

来週の関西訪問で、実はお会いしたいと思っていた人がいた。
生まれてからこのかたもらった全ての手紙を仕舞っている引き出しから、
9年前にもらった一枚のハガキを探し出して、電話を掛けてみた。

静岡でご養生中のため、京都のお店は現在お休み中とのことだった。

こんな突然のわけの分からない電話の主に対しても
丁寧に名前を聞き、かつてもてなした客の顔を思い出しているのが
電話の向こう側から伝わってくる。

お会いしたかったというのは、9年前、私が大学4年生のときに友人と訪れた京都洛北の宿で、
支配人兼料理長をされていた鈴木さんという方だ。
確か、一日4組ほどが泊まれる小さい宿だったと思う。
すみずみまでおもてなし出来ないければ、お呼びするに及ばないという考えからのようだ。
奥様と二人で切り盛りされて、朝から晩まで忙しい毎日を送っているとも言っていた。

夕食時も朝食時も
一品を座敷に持ってきて下さる時に、必ず食材と調理法の説明をしてさがる。
ときおり客の視線を、襖のガラス窓から覗く細やかに手入れされた庭園に向けさせて、
四季の情景を話してくださったり、料理に対する哲学を語ってくださったり、
鈴木さんの口からこぼれる言葉には、料理への愛情と情熱に溢れ、
人をおもてなしすることを真の喜びとしている姿勢が表れていた。

通常の宿で出る朝食には何となく決まったパターンのようなものを感じるが
鈴木さんの出す朝食は、休日を返上して探し求めてきた最上の素材を使い、
それらの恵みを最大限に享受する調理を施したもので、そんなパターン化された朝食とは
全くの別物だったのだ。
これだけ手の込んだ料理を朝から出すのは、どれだけ骨が折れることだろうと思った。

それでも真っ当なものをお客様にお出しすることこそが喜びだと話す鈴木さんの人柄に、
すっかり心酔してしまったというわけ。

素晴らしい料理だった。
素晴らしい宿だった。

機会があれば、また是非宿泊したいと思っていたのだけど
私が社会人一年目の年に、鈴木さんから定年退職を知らせる手紙が届いたのだ。
宿の支配人は辞めたけれども、京都で料理屋を始めたとも書いてあった。

これから漬物という日本の食文化を残していくお手伝いがしたいという気持ちが芽生えてきて
どういう形でお客様に伝えていくかを考えていこうと思った今こそ
鈴木さんに会いたかった。

鈴木さんは、
「体調が戻ったら、また是非京都の店を再開させたいと思ってますので
ご連絡します。またいらして下さい。」と言っていた。

あんなに素晴らしい人がつくる料理をまた食べたい。
おもてなしの心を感じたい。

一日でも早く鈴木さんが元気になりますように。
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by dolcissimokurobe | 2009-11-26 14:25 | Il cuore
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