大室山ライブ09’

大室山ライブは、年に一度せっきーに会える日。

せっきーが遠かろうが近かろうが、
とにかく、「生せっきー」なのだから。
懇願して日曜に休日をもらい、せっきーファン魂火付け役かなちゃんと
いざ大室山へ!

ここ半年の書き綴っていた日記を読み返した。
気が付くと、焦り、迷い、不安がすぐ後ろで裾をひっぱるから
何とかそれを振り切ろうと、強がってみたり、
意味もなくがむしゃらになって空回りしている私。

あれ?
私ってこんなに不器用だったっけ?
こんなに怠け者だったっけ?
胸を張って私は出来ると言えることなんて、そもそもあったのかな?
このまま、何でも中途半端なのかな?

せっきーはよく、「ゼロに帰る」話をする。
ゼロこそ無限の可能性と。

ただ直線的に、ずっと上っていく繁栄の坂道の先に、
足元で起きている変化に気付かず、
あるとき突然、無意識にゼロに戻されるのか
それとも、自ら意識的にゼロに戻るのか、
それには違いがある。

人が自然から学ぶことは多く、
例えば、ある年に咲いた桜がとても美しく、
この美しさが永遠に続き、さらに枝を伸びることを私達は願う。
でも、桜は散ることを選ぶ。
永続的な美しさやさらに枝を伸ばすことは、幹を傷め、いつかは朽ち果てる。
ならば、花を落とし、冬の間ゆっくりと蓄え、
また次の春に立派な花を咲かせようとする桜。

ゼロに意識的に戻るとしたら今なのだろうと思う。

傷ついた心を抱えて、何とか立ち直りたいと
新たな希望を見つけて、それを叶えるために夢中だった頃。
目標がはっきりと見えているときは幸せで
何でもやってやろうと息巻いていたし、迷いもなかった。
努力することが、また自信にもなっていたから。

たくさん泣いたあの日から、頑張って登ってきたけれど
無意識のうちにゼロに戻された日の感覚を今はもう忘れ、
山の中腹の平地で、ひとりウロウロしている。

ずっとこのまま上まで続いていくと思っていた坂道は、一旦終わったのだ。

何も失っていないけれど、もう別の坂道が始まっている。
この間までの目標に向かって走っていた私と、
新たに目指す頂を見上げる、今の私とはもう違っているのだと、
今の足元を「新たなゼロ」として、再びスタートを切るべきなんだと思った。

鳥のさえずりと虫の声が、風でそよぐ草の中に吸い込まれていく
静かな場所で、
普段ならこんなに長く、大地に触れていることもない時間の中で、
ゆっくり自分のことを考えられるのが、
大室山ライブなのだと思う。

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by dolcissimokurobe | 2009-07-28 12:47 | Vita
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